「昨日は結婚式に来てくださってありがとうございました。人数合わせができればそれでいいと思っていたのですが、初対面の私たち夫婦を温かく祝福してくださって、本当のおばあちゃんが来てくれたみたいに嬉しかったです。本当にありがとうございました。」
待ち合わせ場所の公園のベンチに座っていたら、昨日出席した結婚式の新婦さんから嬉しいメールが届きました。
よかった、満足してもらえたみたい。ほっと胸をなで下ろします。歳のせいか涙もろくって、見ず知らずの人の結婚式なのに、感動して自然と涙が出ちゃった。でも、それで喜んでもらえたのなら万々歳です。
「レンタルおばあちゃん」の仕事をはじめて、もう半年くらい経つかしら。おばあちゃんのレンタルなんて需要があるのか半信半疑だったけれど、登録してみると次々と依頼が舞い込んできたので驚きました。昨日のような結婚式の人数合わせだとか、昔ながらの家庭料理を作ってほしいだとか、演歌歌手のコンサートに一緒に行ってほしいなんていう依頼もあります。
家族と疎遠で、友達もいない、孤独な一人暮らし。そんな個性も何もない70歳のおばあちゃんである私のおばあちゃんの部分が、こんなにも求められているなんて。この仕事は私の天職かもしれないとすら思う今日この頃です。
・・・・・
「お待たせしてすみません。レンタルおばあちゃんの方ですか? よろしくお願いします。」
今日の依頼人がやってきました。
依頼人は沙希さん、20代女性。依頼内容は、「彼氏の浮気現場に突入するので、一緒についてきてほしい」というもの。今までいろんな場面でレンタルされてきましたが、浮気現場に突入するのは初めてです。沙希さんの気持ちを考えると決して浮かれてはいけないのですが、正直、滅多に体験できないスリル満点のシチュエーションに、ちょっと興奮してしまっている私もいます。
「本日はご依頼ありがとうございます。浮気現場に突入ということですけれど、私は具体的にどんなことをしたらいいですか?」
依頼人に満足してもらうためにも、この仕事は事前の打ち合わせが重要です。
「彼と別れるつもりはないので、浮気相手と別れさせて、もう二度と浮気しないように説き伏せてほしいんです。」
「浮気癖のある男性を改心させるのは、なかなか大変そうね。見ず知らずの私の話なんて聞いてくれるかしら。」
「それは大丈夫だと思います。彼、生粋のおばあちゃん子なんです。」
「おばあちゃん子?」
「はい。とにかくおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんに弱いんです。自分のおばあちゃんとかじゃなくて、もう世の中のおばあちゃん全般。だからおばあちゃんに諭されたら、きっと改心するはずです。」
「なるほど、そういうことだったのね。わかりました。私にできる限りのこと、やってみます。」
「お願いします!じゃあ早速行きましょう。浮気相手と会っているカフェを突き止めてあるので。」
沙希さんは気落ちして弱っているというより、戦いに赴く武士のように勇ましい表情をしています。なんて強い女性なのかしら。沙希さんのために、おばあちゃんの威信にかけて彼を説得してみせる、そう心に誓いました。
・・・・・
「着きました。このカフェです。」
ドアを開けて中に入ると、店の奥に若い男女の姿が見えました。そちらに向かってずんずん歩いて行く沙希さんに、私もついて行きます。
「祐二。」
名前を呼ばれて振り向いた彼の顔がみるみる青くなりました。
「沙希ちゃん……どうしてここに……。」
「どうしてもこうしてもない。」
沙希さんが目配せしてきたので、私は一歩前に出ました。
「祐二さん、沙希さんはあなたの行動に怒ってはいるけれど、あなたと別れたくないって言ってるの。だから誠心誠意謝って、もう二度と浮気はしないと誓ってほしいの。」
「……沙希ちゃん、この人は?」
「レンタルおばあちゃん。」
あ、レンタルおばあちゃんって言っちゃうのね。大丈夫かしら。
「うわあああん、おばあちゃん、ごめんなさあああい!」
大丈夫みたい。本当におばあちゃんに弱いのね。
「ちょっと、さっきから聞いてたら勝手に自分が本命だと思っているみたいですけど、本命は私で、あなたが浮気相手でしょ。そうだよね、祐二?」
「美由ちゃん、いやあのそれは……。」
浮気相手は美由さんというのね。この方も自分が正式な彼女だと思っている。完璧な二股というわけね。
「何言ってんの? 私が本命に決まってる。そうでしょ祐二!」
「ええと……。」
二人に責められ、口ごもる祐二さん。私も問いかけてみよう。
「祐二さん、沙希さんが本命よね?」
「はい、そうです!」
わあ、急にハキハキ答えた。祐二さん、凄まじいおばあちゃん子だわ。
私の言うことを素直に聞く祐二さんの姿に、沙希さんは勝ち誇った表情。そんな沙希さんを美由さんが睨みつけます。
「そんな顔していられるのも今のうちだからね。」
美由さんはパチンと指を鳴らし、「お願いします!」と高らかに発声しました。すると、背後の席から私と同じくらいの年齢の女性が現れ、ゆっくりとこちらに歩いて来るではありませんか。そんな、まさか……。
後編はこちら
団子のレンタルとロック。そして佇む私
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