「実くん、またB’z聴かせてね。いつでも遊びに来てくれていいから。それとこれ、おじいちゃんから預かってた手紙。」
ママから手紙を受け取り、僕は店を後にした。珈琲焼酎が効いている。ぼーっとする頭で手紙を開く。
≪実へ。桜のお菓子箱を開けるべし。≫
前編はこちら↓
祖父が遺してくれたもの=お遣いの手紙?
https://www.rentalism.jp/note/414/
「あちこち行かせておいて、結局家かよ!」
酔っているせいなのか、宝探しのゴールが見えてきたせいなのか、骨壺に向けてやたらテンション高めに突っ込んでしまった。僕は骨壺を抱えながら、駆け足で家に戻った。
小さい頃は駄菓子をパンパンに詰めていた桜の模様が入ったお菓子箱。今はもう使っていないが、確かキッチンの戸棚の下にまだ置いてあったはずだ。僕は息を切らしながらお菓子箱の蓋を開けた。そこにはまた手紙があった。
≪実へ。これを返却してください。よろしくお願いします。≫
返却? どういうことだろう。疑問に思いながら、お菓子箱の中のものを取り出してみる。
それはレンタルDVDだった。レシートを見てみると、三年前の日付。ちょうど僕が引き籠り始めた頃だ。つまり、三年も延滞している。
これを返却? ってことは、ちょっと待て。延滞料がとんでもないことになるじゃないか。財産どころか、とんだ負債である。今までの手紙はずっと「すべし」だったのに、急に「してください」「お願いします」と下手に出ているのが何とも小賢しい。
DVDの中身は、映画「リトル・ミス・サンシャイン」だった。まだ引き籠りになる前、じいちゃんと一緒に観たことがある。引き籠ってからは気まずさもあってあまり会話しなくなっていたが、それまでは結構仲が良くて、よく一緒に映画を観ていた。これもその中のひとつだ。崩壊寸前の家族が車で旅をして、度重なるトラブルを乗り越えながら、家族を再生させていく話。結構面白かった記憶がある。でも確か、途中で祖父が死ぬ。そんなところをリンクさせなくていい。
このDVDも三年間、ずっと家にいたのか。そう思いながらじっと眺めているうちに、おかしな親近感が湧いてきた。僕とこのDVDは言わば延滞仲間だ。となると、これを返却するのは、僕の役目なのかもしれない。
延滞料を支払い、三年間を精算することで、じいちゃんへの恩返しになるだろうか。いや、きっとこんなことでは足りないが、それでも、まずはこれを返しに行こう。全てはそこからだ。
僕はDVDを持って、家の近くのレンタルショップへと向かった。
レジにはガタイのいい中年男性が立っていた。少したじろいだが、意を決して声を出した。
「返却お願いします。」
こんなに延滞して、怒られるかもしれない。心臓がバクバクしている。男性は僕の渡したDVDをじっと見つめている。
「えっと、すみません。祖父が借りたものなんですけど、延滞料、僕がちゃんと払います。払うんですけど、今はお金がないので、少しだけ待ってもらえませんか。バイトとかして、絶対に、絶対に、僕がちゃんと払いますから!」
僕はそう言って頭を下げた。少し泣きそうだった。長い長い、でも本当は一瞬かもしれない沈黙のあと、目の前にスッと白いものが出てきた。僕は膝から崩れ落ちそうになった。
また手紙だ。
男性は何も言わず、顎をくいっと動かした。読め、ということらしい。
≪実へ。DVDを返しに行ってくれてありがとう。この映画はちょうどお前が家に籠るようになった頃にレンタルしたものだから、きっと延滞料がとんでもないことになっているだろう。それをわかっていながら返しに行く決意をした、それが、お前が外に出るきっかけになってくれたのなら、俺は嬉しく思う。ただし、ひとつ言っておく。お前の人生は借り物ではない。だから、どれだけ延滞しても、損するなんてことはない。進めるようになったら進む。それでいい。ここに来るまでに会った、葬儀屋の山口くんと、パン屋のかおりちゃんと、スナック美里のママ、それからこのレンタルショップの店長には、お前のことをくれぐれもよろしくと伝えてある。だから、今後はこの人たちを家族だと思って、安心して頼るべし。≫
読み終わって顔を上げると、店長がニッと笑った。
「実くん、この店でバイトしない?」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、僕は「はい」と頷いた。
<完>
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編集後記:
あそこに行ってこれしてね、こっちに行ってあれしてね。
まるでゲームのクエストのような、祖父からの手紙。面倒くさいと思いがちだけど、その道中にはクエストの報酬以上の大切なものが潜んでいるものなんですよね。
祖父が遺してくれた、遊び心あふれるクエスト。グランパクエスト!
それはともかくとして、延滞はなるべく短めに(笑)
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