「盛り上がってるか~!?」
「……いえ~い。」
「こんなもんじゃねえよな~!?」
「……お~。」
「まだまだ足りねえぞ~!!」
「……わ~。」
「みたいな感じだったな、お前のライブ」と半笑いで、岡村が言った。注文したビールが運ばれてきて三秒後のことだった。俺が黙っていると、岡村は更に続ける。
「歌は上手いし、ギターも上手い。曲も結構いい感じなのに、なぜ人気が出ないのか。それは、圧倒的に盛り上げる才能がないからだ。ボーカルとして致命的だな。」
言い返す気力が湧かない。
「はあ、せっかくライブに来てくれたと思ったら、言いたい放題かよ。」
「でも、わかってるんだろ?」
「わかってる。」
そう、俺もわかっているのだ。バンドを始めて五年近く経つが、歌を練習しても、ギターの腕を上げても、いい曲を書いても、まるで人気が出ない。よく「CDだといい感じなのにね」と言われる。つまり、ライブがダメ。岡村の言う通り、ロックバンドのボーカルとしては致命的である。
「不思議なんだけど、俺がステージに立つと空気がおかしくなるんだよ。前のバンドまでは盛り上がってた観客が急に大人しくなる。いや、じっくり聴いてもらえるならそれはそれでいいんだけど、そういうんじゃなくて、なんかみんな心ここにあらずというか、視線が散っているというか。空気をつくるのが下手なんだ、俺。」
ひとつ息を吐いてから、ビールを最大限流し込む。半分くらいになったジョッキを見下ろしながら、今日岡村に会ったら言おうと思っていた話を切り出した。
「実は、バンド辞めようと思ってるんだ。次のライブを最後に。」
「え、そうなの?」
「うん、もうメンバーにも伝えてある。」
岡村は神妙な面持ちで唐揚げを皿の上で転がしている。バンドを始めた頃はライブに来てくれる友達がたくさんいたが、次第に告知しても反応がなくなった。今でも見に来てくれるのは岡村だけだ。
「いいのか? 本当に?」
「うん、納得してのことだから。今までありがとな、見に来てくれて。でも、あーあ。人生で一度でいいから、観客が一つになって会場全体が揺れるような、そんな空気のライブをしてみたかったよ。ほらあの、ライヴ・エイドのQUEENみたいな!」
ハハッと情けなく笑う俺に、岡村がずいと顔を近づける。
「そんなお前に朗報だ。いいものを持ってきた。」
岡村は席の横に置いていた馬鹿でかいリュックから、白い機械を取り出した。
「それは、空気清浄機? お前の会社の新商品か?」
「いや、まだ研究段階で、世間には公表されていない。完成すれば、とんでもない大発明だからな。」
中学のときから賢かった岡村は、難関大学に合格し、トップの成績で卒業。今では大手電機メーカーで研究職をしている。地元では神童扱いで、うちの母親も俺の近況より岡村の近況を聞いてくる始末。その岡村が大発明と言うのだから、何かすごい機械なのかもしれない。
「これはな、人間生活のあらゆる“場の空気”のサンプルを集め、類似する条件下における平均値を算出、その数値を“正常”とし、それと異なる空気であると判断すると、特殊な電波を出して正常値へと近付ける。つまり、空気をを正常にする、空気正常機だ。」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんなかった。空気を正常にする?」
「そう。その場に見合った空気ってあるだろ? 葬式には葬式の、合コンには合コンの、それっぽい空気ってもんがある。これを、お前のラストライブで試すんだよ。」
「え~、やだよ、最後なのにそんな変なもの試すの。」
「こいつの性能を試すのに、お前のライブは持ってこいなんだよ。頼むよ。これを使えば、きっとロックバンドのライブとして“正常”な空気になるはずだ。な、試してみようぜ? 最後に俺がお前をフレディにしてやんよ。」
「ハハッ、よく言うよ。」
半ば押し切られた形で、俺はその空気正常機とやらを最後のライブで試してみることになった。
後編はこちら↓
清浄な空気の作り方
https://www.rentalism.jp/note/440/
空気清浄機のレンタルはこちら
https://www.roumu-p.com/purifier/