近所にニトリがあることは、生活が楽しくなるアドバンテージである。
この街に引っ越してきて一週間。山積みのダンボールは片付いて、部屋もおおよそ整った。せっかくなら誰か招いて引っ越しパーティでもやりたいところだけれど、残念ながらまだこの街に僕が友達と呼べる人は一人もいない。
仕方がないので、今日は僕の大好物であるカレーを作って、一人祝杯をあげることにした。さっそくスーパーに行き、カレーの材料を買い、野菜を切って鍋に入れたところで、僕はあることに気がついた。おたまがないのである。
カレーが好きでカレーばかり作っていた僕のおたまはすっかり黄ばんでおり、これはもう買え替え時だと荷造りのときに捨ててしまったのだ。スプーンでいけるかも、と一瞬考えたが、スプーンで鍋と皿を往復するのは気が遠くなる作業だ。同じ数だけ皿と口の往復もするはずなのに、それは苦でないのだから不思議である。
そんなわけで近くのニトリに行ったところ、黒いシリコン製のおたまを見つけてこれだと思った。これならターメリックの色素にも耐えうるであろう。さすがはニトリ。お値段以上。たかがおたま、されどおたま。なんだかこれからの生活がすごく充実したものになりそうな、そんな予感に包まれた。
浮かれた気持ちで歩いていると、行きでは素通りした店が目に入った。店先に並んでいるのは、たくさんのサボテンだ。
一口にサボテンと言っても、大きさや形などたくさんの種類があって面白い。しばらく眺めていると、小さめの鉢に入った、まん丸のサボテンが目に止まった。今まで部屋に植物を飾ったことはないが、せっかく新しい部屋に引っ越したのだから、何か今までと違うものを置いてみるのもよいだろう。小さくてもこういう緑のものがあると、心が豊かになる気がする。朝起きてカーテンを開け、サボテンに挨拶したりなんかして。イメージが広がり、なんだか目の前がぱあっと明るくなった。
「そのサボテン、気に入りました?」
ハッとして顔をあげると、すぐ隣にエプロン姿の店員が立っていた。僕と同年代くらいの男だった。
「あ、はい。これください。」
「お客さん、うちの店は初めてですよね。」
「はい、初めてですけど。」
「残念ながら、初めてのお客様にはサボテンをお売りすることはできません。」
店員は真剣な顔をして、一昔前のドモホルンリンクルのCMみたいなことを言い出した。僕があっけにとられていると、「はじめての方には、まずはレンタルをしてもらいます」と付け加えた。
サボテンのレンタル。聞いたことのないシステムである。正直、ちょっと面倒だなと思った。
「あの、僕ほんとにこれ気に入ったんで、普通に買えないですかね?」
「お客さん、私はね、サボテンが大好きなんですよ。」
「はあ、そうですか。」
「だからね、本当にサボテンが欲しい人、大切にしてくれる人に買ってもらいたいんです。」
「僕、本当に欲しいですよ。大切にしますよ。」
「じゃあ聞きますけど、あなたは今日、サボテンを買おうと思って出かけましたか?」
「いや、おたまを買いに……。」
「そうでしょう。おたまは生活に必要だから、わざわざ買いに出かける。しかし、サボテンは違います。一般的にサボテンは人間が生活する上であってもなくてもどっちでもいい、そういう存在なんです。サボテンを買うために外出する人など、この世に存在しないのです。では、人はなぜサボテンを買うのか。それは、ノリです。その場のノリで買うんです。出先の洒落た雑貨屋なんかで飾ってあるのを見かけて、おっサボテン、いいじゃんサボテン、と衝動で手に取り、サポテンが欲しいテンションになる、すなわちサボテンションになるわけです。しかし、サボテンションは買う時がピーク。部屋に飾ってよしよしと眺めてから、サボテンションはじりじりと下がっていきます。その結果どうなるか。世話を怠り、存在を忘れ、埃を被り、気づけば枯れている。そしてそれを、サボテンすら枯らしてしまうずぼらなワタシ、みたいな感じでなぜかちょっと誇らしげに飲み会で話す。許せませんよほんと。その場限りのチャラチャラした気構えでサボテンを買い、挙げ句の果てに枯らし、その失敗談でビールを飲む。そういう極悪非道な輩からサボテンを守るため、私は立ち上がりました。本当にサボテンを欲しいのか、育てられるのかを問う期間が必要だと確信し、レンタルサボテンを始めたのです、今日から。」
「今日から!?」
後編はこちら↓
レンタルサボテン 貸したい気持ち
https://www.rentalism.jp/note/489/
レンタルのロームはこちら
https://www.roumu-p.com/