登録しているサブスクを探してみるが、あの映画は配信されていなかった。やっぱり、と思った。実はあみちゃんと一緒に観たときも、動画配信サービスを片っ端から探したがどこにもなくて、レンタルショップをいくつか巡ってやっと見つけたのだ。街のはずれにある寂れた小さなレンタルショップだった。見つけた瞬間、二人で抱き合って大喜びした。その程度のことが、あみちゃんといると楽しくて仕方がなかった。
前編はこちら
忘れられないこと
https://www.rentalism.jp/note/609/
僕は居ても立っても居られなくなり、外に出た。住宅街を抜け、大きい通りに出てしばらく歩くと、例のレンタルショップがある。ここに来るのは何年ぶりだろう。懐かしい匂いがする。
店内の配置は変わっていなかった。新作コーナーを通り抜け、洋画とアニメを通り抜け、邦画のコーナーへ向かう。ラミネートされた「あ」「か」「さ」のインデックスを辿って、「た」の列を見ていくと、あった。あの映画はまだそこにあった。しかし、外のケースしかない。誰かがレンタル中のようだ。
仕方なく家に帰った。そして、林が電話で言っていたことを改めて考えてみた。
あみちゃんがどうしてこの街に引っ越してきたのか、その理由はわからない。でもあみちゃんが今、またこの街にいるのは間違いないことだ。林が言っていたように、近所でばったり会うということも考えられる。そしたら、僕はどうなってしまうのだろう。林が言うように、心臓が爆発するのだろうか。
そんなことを考えていたら、ふと浮かんでしまった。もしかして、あの映画を今レンタルしているのは、あみちゃんなのではないだろうか。だって、今更あの映画を観る理由がある人なんて、この街で僕とあみちゃんくらいではないか。いや、そんなこともないか。普通に大ヒット映画だし、とも思うが、なんだか一度そう思いはじめると、そう思えて仕方ない。まずい、そうとしか思えない。
僕はそれから毎日あのレンタルショップに行き、DVDが返却されていないかを確認した。返却されたら自分が借りたいから、というのは建前で、DVDを返しにきたあみちゃんとばったり会えることを期待していなかったといえば嘘になる。相当気色の悪いことをしている自覚はあったが、やめられなかった。
一週間が経った。僕は毎日欠かさずレンタルショップを訪れたが、DVDまだ返却されていない。これは、おかしい。レンタルの期限は最大で一週間だ。
僕は外ケースを持って、カウンターに向かった。
「すみません。これ、いつ返却になるかわかりますか?」
尋ねると、女性店員が「少々お待ちください」と言って、ケースのバーコードをピッと読み込んだ。
「ああこれ、ちょっとわからないんですよ。しばらく返却されていなくて。」
しばらく返却されていない? どういうことだろう。
「これ、借りてるのって女性ですか?」
口にした瞬間、ものすごくヤバい発言だと気づいて汗が噴き出た。店員も瞬時に不審者を見る目つきになり、「そういったことにはお答えできません」とピシャリと言われた。そりゃそうである。
「いや、すみません、僕これどうしても観たくて……。」
弁解するように付け足す。観たいのは本当だ。
「なので、返却されたら連絡もらえませんか? 僕、高尾健吾と申しまして、電話番号が……。」
「高尾健吾さん?」
「はい、高尾健吾です。」
店員は怪訝な表情でレジの画面と僕の顔を交互に見た。そして、「このDVDレンタルしてるの、お客さんじゃないですか?」と言った。
「ここに出てますよ、高尾健吾って。もう2年も延滞してます。」
僕は一目散に家に帰り、靴を脱ぎ捨て、押し入れを開け、奥の方に仕舞っていたダンボールを引っ張り出した。ガムテープを勢いよく剥がす。あみちゃんとの思い出を、急いで、丁寧に取り出していく。二人が好きだったバンドのタオル、買っただけで満足してしまったダイエットの本、あみちゃんが選んでくれた服、かばん、スニーカー、その他諸々、すると、底から出てきた。レンタルDVDだ。
そうだ、思い出した。別れる前、僕が借りてきたんだ。
出会った頃に二人で観たこの映画を観たら、またお互い優しくなれる気がして、あの頃みたいに戻りたくて、「久しぶりにこれ観ようよ」ってあみちゃんを誘った。しかし、「また今度ね」と言われて、そのあとすぐ振られた。振られたショックで完全に忘れていた。
呆然とDVDを眺めていると、スマホが震えた。林からの電話だった。
「高尾、ごめん。この前あみちゃんの話したけどさ、続報。あみちゃん結婚したんだって。結婚してその辺に引っ越したんだって。大丈夫? ショック? 心臓爆発してない?」
いつもバカでかい声で話す林が、心配そうな声で恐る恐る聞いてくるので、なんだか笑えてきた。
どこかほっとしている自分がいた。僕の心にずっと引っかかっていたのは、忘れちゃいけなかったのは、このDVDのことだった。そういうことにしよう。そういうことにすれば、僕は今度こそちゃんと、あみちゃんを忘れられる。
「大丈夫、大丈夫! それより今日飲みに行こうよ。林の奢りで。」
「いや、なんでだよ!」
いつもの林の声量に戻った。
「頼むよ、延滞料がやばいんだ。それに引っ越し代も。また引っ越そうと思ってるから。」
「はあ? 引っ越したばっかりだろ!」
僕はスマホをちょっと耳から離して林と喋りながら、DVDを持って外に出た。ちゃんと清算して、今度は違う街で、違う映画を借りよう。
<完>
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編集後記:
大切にしまい込んだ思い出。しまい込みすぎると忘れてしまう記憶。
時々取り出して触れてみることで、綺麗に磨くこともありますね。大事なことを思い出すきっかけにもなる。
綺麗に磨いて、そしてまた次へ。。。
レンタルのロームはこちら
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