私はロボがうらやましいと思った。最低限の笑顔さえ表示していれば、それ以上の愛想は求められないし、気が利かなくても嫌な顔されない。私のこともロボットとして扱って欲しい。そうなったら、どんなに楽か。
「私もロボになりたいよ。」
閉店後、ホールの隅で充電ケーブルに繋がれているロボに愚痴ってみる。ロボは何も言わず、黙って電気を受け入れ続ける。
前編はこちら
ロボになれたら
https://www.rentalism.jp/note/629/
ある日のこと。ランチも終わって客足がまばらになった時間帯に、おじいさんが一人で来店した。いつものように「いらっしゃいませ!」とマニュアル通りの発声と業務用の笑顔で迎え入れたが、おかしなことに気づいた。普段なら客の服装などほとんど気にしないのだが、これはさすがにおかしい。おじいさんは上下ともに水色の病衣を着ていて、足元は室内用と思しきスリッパを履いている。
店長がそっと近づいてきて、私に耳打ちした。
「あの人、入院中なのに勝手に病院から抜け出してきちゃったのかもしれない。私、近くの病院に電話してみるから、とりあえず席に案内して、近くで見張ってて。余計なこと聞くと逃げちゃうかもしれないから、当たり障りないこと話して時間稼いで。」
「当たり障りないことって何ですか?」
「なんでもいいから、雑談! お願いね!」
私の返事を待たずに、店長は裏に引っ込んでしまった。
とりあえず、席に案内する。病衣姿のおじいさんは腰がひどく曲がっていたが、その前傾姿勢を活かすようにぐんぐん前のめりに歩いて、「おっこらせ」と思いのほか大きな声を出しながら勢いよく椅子に座った。元気そうに見えるが、入院しているのだから、どこかしら悪いのであろう。
通常なら案内したあとは一度その場を離れるのだが、見張っていろと言われたので仕方なく席の前に立ち尽くす。
ちょっと前に、テレビで雑談のテクニックを紹介していて、「目に見えたものの話をすればいい」というようなことを言っていたのをふと思い出した。しかし今、私の視界にメインで映っているものはこの脱走おじいさんであり、一番気になることは病衣とスリッパである。が、つっこんで聞くなというのが店長の指示だ。雑談、雑談。全然思いつかない。困った。
裏の方にチラチラ視線を送ってみるが、店長は一向に戻る気配がない。困り果てていた、そのときだった。
「あれは、なに?」
おじいさんの方から話しかけてきた。節の目立つ指がさしている方向を見ると、ロボがいた。いちごパフェをのせたロボが、こちらに向かってやってくる。
「あれは、ロボです。配膳ロボットです。」
ロボは楽しげな音楽を流しながら、おじいさんの横を通り過ぎて、奥の女性客にいちごパフェを届けた。
「はあー! ああやって運んでくれるのか、ロボットが! はあー! すごいなあ。感心しちゃうなあ。未来にきたみたいだ。」
おじいさんは目を丸くして、「すごいなあ、すごいなあ」と何度も言った。私は、「そうなんです、すごいです」と同じように繰り返した。
「あまり外に出られなくなってね、こういうお店にずっと来られなかったもんだから。そのあいだに未来になっちゃってたんだねえ。面白いねえ。いいもの見たなあ。でも、これが最後かもしれないなあ。」
なんと答えていいかわからない数秒の沈黙のあと、ドアのベルが鳴って看護師さんが二人、店に飛び込んできた。
「金井さん、もう! 勝手に出て行っちゃダメじゃないですか!」
「迎えがきたか。まいったなこりゃ。」
「心配したんですからね。さあ、戻りますよ。」
おじいさんは抵抗することなく、おとなしく席を立った。看護師さん二人に両側から支えられて歩くおじいさんの後ろ姿は、さっきとは打って変わって、病人っぽく見えた。
「また、来てくださいね。」
おじいさんが店を出る直前、自分の口から勝手に言葉が出てきたので驚いた。マニュアルには「ありがとうございました」としか書かれていないのに。
おじいさんは少し笑って、私に手を振った。
ロボは結局レンタルを延長することになった。
「思ったより役に立つし、なんだか癒されるんだよね。お客さんからも割と好評だし。」
店長はそう言って、ロボのディスプレイ部分をちょんちょんと指先で撫でた。ロボはいつも通り、「にっこり」を表示している。私もまた、「にっこり」を張り付けてホールへと出る。なんだかんだ、これからも人間をやっていくしかないのだ。
<完>
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編集後記:
ロボになれたら楽かもしれない。でも、ロボになったら少し寂しいかもしれない。
マニュアルにない難しさも、楽しさも、人間だから味わえるものかもしれない。
心からのにっこりも、人間だからできる顔。
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