口の中にざりっとした砂の食感があり、それを吐き出すとともに目が覚めた。太陽が背中側を、太陽の光を吸収した砂が腹側を熱し、倒れている僕をホットサンドメーカーのように焼いている。そうだ、ここは砂漠のど真ん中。飛び起きて振り返ると、そこには大破した僕の車があった。
植物学者の僕は、ある植物を探してこの国へとやってきた。数ヶ月間、国中駆け回って必死に探したが、結局目当ての植物は見つからなかった。時間と金が尽きて帰国を余儀なくされ、荷物をまとめて空港のある街へと車で走行中、疲労と砂漠の代わり映えしない景色のせいか睡魔に襲われ、気づいた時には目の前に岩壁がそびえ立っていた。慌ててハンドルを切ったが間に合わず、衝突。どうやら車の外に投げ出されたらしい。痛いところもあるが、奇跡的にそれほど重症ではなさそうだ。
しかし、体は無事でも車は無事ではなかった。エンジンをかけてみたが、うんともすんとも言わない。スマートフォンを探すと、岩壁のそばでバキバキになっていて、こちらもうんともすんとも言わない。
確か最後にナビで位置を確認した時点で、街まであと二時間以上車を走らせる必要があった。徒歩なら丸一日、いや、この砂漠の足元の悪さなら、もっとかかるかもしれない。まずいことになったぞ。トランクを開けて積んでいた荷物を確かめてみると、中身はほとんど植物採集の道具で、食べ物や飲み物はごくわずかである。頭が真っ白になった。
「衝撃を感知。衝撃を感知。何かありましタカ?」
その声の主は、トランクの隅にいた。
「そうだ、お前がいるじゃないか!」
僕はそいつをトランクから取り出し、地面に置いた。太陽の光を反射して、真っ白なボディが輝いている。これは今回の調査のために購入した、自走式AI加湿器。「あること」に使うため、なけなしの研究費を投じて乾燥地帯でも自走できるよう特注した代物だ。それが、まさかこんな形で役立つとは。
「よく聞いてくれ。僕たちは今、砂漠で遭難している。」
「遭難!?……“そうなん”でスカ?」
僕はため息をついた。まったく、こういうくだらないことまで言えるのだから、最近のAIには驚かされる。業者はサービスだと言って僕がオーダーしていない余計な機能をたくさんつけた。その一つがこのおしゃべり機能である。思った以上にいろいろしゃべるのでやかましいが、一人ぼっちの長旅で、この加湿器との何気ない会話に寂しさが和らいだのもまた事実である。
「お前の寒い冗談でも涼しくならないのが辛いところだよ。さて、生き延びるためには砂漠を丸一日かけて歩かねばならない。お前のタンクに入っている水が頼りだ。」
そう、加湿器のタンクにはまだ水がたくさん入っている。まさに命の水。これを飲みながら行けば、もしかしたら街に辿り着けるかもしれない。
加湿器のランプが突然ピカピカ点滅した。
「警告警告! 湿度が20%を下回っていマス! プシュー! プシュー!」
ものすごい勢いで加湿器の頭から蒸気が噴射しはじめたので、僕は慌ててボタンを押し、加湿機能をOFFにした。
「馬鹿! 話を聞いてなかったのか? 貴重な水を消費するな!」
「馬鹿ではありまセン。AIは『あたま・いい』の略ですカラ。」
「くだらないこと言ってないで、さっさと行くぞ!」
そうして、僕と加湿器は砂漠を歩き始めた。おおよその方角しかわからないが、それでも進むしかない。道のりは過酷だった。一歩一歩がとにかく重い。暑い。辛い。
何をやっているんだろう。自分のダメさにほとほと呆れ返る。僕の父は優秀な植物学者だったが、息子の僕はまだろくな成果を挙げられていない。
小さな頃から、父の植物の話を聞くのが好きだった。植物学者になって父と一緒に植物採集に行くことが目標だった。しかし、それを叶える前に、父は病気で亡くなってしまった。
父が最後まで心残りだと話していたのが、僕が今回探しにきた植物のことだ。むかし、父がこの国を訪れたときに発見し、おそらく新種だったが、諸般の事情から持ち帰ることができなかったという。滅多に見つからない上に、開花の条件もはっきりしない。しかし、その花は実に美しいものであったと、父の研究メモには書き記されている。
絶対に見つけてやると意気込んできたのに、この有様である。成果もあげられず、挙句の果てに遭難。生きて帰ることすらできないかもしれない。
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