扇風機は浮かれた様子で、「どう? 涼しくなった?」と聞いてくる。
「なるわけないだろ。なんだよ、それは。」
「まだあるよ。」
「もういいって。」
お構いなしに、扇風機はまた語り出す。
前編はこちら↓
扇風機の怪談 「涼しくしてあげる!」
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「とある男の身に起こった話なんですけどね、その男は営業の仕事をしていたのですが、毎朝満員電車に揺られ、遅くまで残業して必死に働いていましたが、まるで成績は伸びず、上司からは『なよなよしていて頼りない』と叱られる日々で、ついに心が折れて退職してしまったそうなんです。転職活動もうまくいかず、仕方なくフリーランスに挑戦することになり、怖いなあ怖いなあと思っていたのですが、どうにか軌道に乗り、付き合っていた女性とも結婚。幸せな生活と在宅ワークで体重はみるみる増加、滅多に家から出ないので髭はモジャモジャ。すると! 出たんです。」
「なにが?」
「……貫禄が。」
「また俺の話じゃないか。いや、確かに太ったけど。余計なお世話だよ!」
「涼しくなった?」
扇風機はやはりすっとぼけて言う。
「なるわけないだろ。もういい加減にしろよ。」
「ごめん、次で最後にするから聞いて。ある少年の話です。その日、少年は初めて好きな女の子を自宅に呼びました。しかし、どぎまぎして会話が続かなかったので、ゲームをやろうと誘いました。2人で大乱闘スマッシュブラザーズに興じていたのですが、その途中、緊張が続いていた少年は腹痛に見舞われ、下腹部がギュルギュル。痛いなあ痛いなあと思っていたのですが、画面の中で自分のキャラクターが攻撃を受けて思わず力んだその瞬間!」
「……出たんだろ?」
「なんでわかったの?」
「俺の話だからだよ! やめてよ、過去の恥!」
「懐かしいね。あまりに悲惨で見ていられなかったので、あのとき私は自力で首振りモードにして目を背けました。どう? 涼しくなった?」
「そんなわけないだろ。どこが怪談だよ。あのさ、一体何がしたいの。」
さすがに苛ついてきて、思わず強い口調になった。すると、扇風機は急にしんみりして言う。
「ごめん。本当はわかってる。私、もう寿命なんだよね。」
「うん、まあ、そうだと思うよ。」
「あなたのことを子どもの頃からずっと見てきて、たくさん思い出があって。だから、最後に一度でいいから、あなたと話してみたかったんだ。でも、もう満足した。付き合ってくれて、ありがとう。あなたの人生に少しでもいい風を吹かせられていたのなら、私は本望です。」
確かに、俺の夏はいつもこの扇風機と共にあった。この扇風機は、俺の楽しかった夏、つらかった夏、全部の夏を知っているんだ。
なんだか、扇風機がとても尊い存在に思えてきた。俺は言った。
「わかった。もうしばらくここにいなよ。積もる話がまだまだありそうだしね。あ、でも新しい扇風機は買わせてもらうよ。もう暑くてたまらないから。ちょっと今から買ってくるから、待ってて!」
一時間後、新しい扇風機を買って書斎に戻ると、そこにあの扇風機の姿はなかった。
「あら、新しい扇風機やっと買ったの?」
妻が書斎を覗きにきたので、「ねえ、そこにあった扇風機は? 出しといてくれたやつ!」と慌てて聞いた。すると妻は、「えっ?」と怪訝な表情を浮かべる。
「あの古い扇風機なら、動かなくなったからって去年の夏に捨てたじゃない。」
一瞬、脳がフリーズした。去年、捨てた?
落ち着いて去年の夏のことを思い出してみる。夏の終わり頃、ボタンを押しても動かなくなって、それで……そうだ、捨てた。確かに捨てた。今になって記憶が浮かび上がってきた。あの扇風機は、すでに廃棄されているはずなのだ。
「じゃあ、さっきまでそこにいたのは……扇風機の霊?」
背中がスーッと涼しくなった。まるで扇風機の風が当たったみたいに。
新しい扇風機は性能が格段に良くなって、暑い夏も快適に過ごすことができた。でも、あの扇風機から送られる風が懐かしくて、時々思い出してしまう。あの風の感触と、たくさんの夏の日々を。
「もっといろいろ話せばよかったなあ」
そんなことを思ったりもする。
でも、あの扇風機が俺の部屋に「出る」ことは、もう二度となかった。
<完>
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編集後記:
古くなったら、壊れてしまったら、新しいものに代替わり。
自然なことだけど、なんだか名残惜しく思うのは、思い入れがあるから。
思いを入れることで、物にも心が宿るのかもしれません。付喪神のように。
涼しいけれど、どこかほっこり。
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