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本音レコーダーと新しい友達

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定食屋の前まできたところで、ふと昨日買ってバッグの中に入れっぱなしになっている本音レコーダーのことを思い出した。隣の公園に移動し、ベンチに座ってそれを取り出してみる。手のひらに収まるサイズで、全面シルバーのシンプルなデザイン。「REC」という赤いボタンが一つだけある。説明書には、「RECを押して、本音を録音する」とある。私は試しに思いの丈をぶつけてみた。

 
前編はこちら↓
本音レコーダーと言えない私
https://www.rentalism.jp/note/728/

 

 
「実ははイチゴが苦手なんです。ありがたいとは思ってます。思ってるんですけど、ほんとにごめんなさい。」

これでいいのだろうか。話し終えると、RECボタンの隣にあるランプが点灯した。説明書によると、録音が成功するとこのランプが光るのだという。

よくわからなかったが、とりあえず定食屋に戻り、いつも通り日替わり定食を注文した。今日の日替わりは回鍋肉。食べ終わった頃、店主が厨房から出てくるのが見えた。その手に持っているのは小鉢に入ったイチゴである。

「いつもありがとね。はいこれサービス!」

イチゴがテーブルに置かれた、その瞬間。ポケットに入れていた本音レコーダーがブルブルと振動するのを感じた。そして、心臓が急にドッドッと強く波打ち、押し出される血液に筋肉が操られているかのように、勝手に口が開いた。

「すみません。実は私、イチゴが苦手なんです。もっと早く言えたらよかったんですが、お心遣いが嬉しくて、なかなか言い出せなくて。よかったら、イチゴが好きな他の方に差し上げてください。」

驚いた。本当にペラペラと本音が言えている。

「えー! そうだったの、ごめんねえ。ちなみにりんごは好き?」

おじさんは嫌な顔せず、イチゴの代わりにりんごを出してくれた。りんごは大好物だ。

 
まだ半信半疑だった私は、その日の帰り、いつも行くパン屋でも本音レコーダーを試してみることにした。この店は頼めばパンの耳がもらえるらしいのだが、恥ずかしくて今まで一度も聞いてみたことがない。

本音レコーダーに録音してから店に行くと、またポケットがブルブル震えて、心臓が波打って、口が勝手に喋り出した。

「あの、パンの耳ってもらえるんでしょうか。」

「ございますよ!」

店員は快くパンの耳を袋に入れてくれた。

本音レコーダー、これはジョークグッズなんかじゃない、本物だ。私はスキップしそうな気持ちを抑えきれず、軽く跳ねながら家に帰った。

 

 
それから数日。私は本音レコーダーを使いこなすようになっていた。スターバックスでカスタマイズを頼むなどのささやかな使い方はもちろんのこと、今朝はついに、アパートの隣人に「すみませんが夜中にエレキギターを弾くのはやめてもらえませんか」と伝えることに成功した。いつも出勤前に顔を合わせるのだが、ずっと言えなかったのだ。隣人の女性は「ごめんなさい、そうですよね」と謝ってくれた。言いたいことを言えるって最高。本音レコーダー万歳。

 
その日の昼休み、安達さんが例のおろちわんのポーチをバッグから取り出していて、思わず二度見してしまった。ポーチのファスナーに、私がこの前買えなかった、あの、おろちわん限定もふにょろキーホルダーがついているではないか。

たまらなくなって、私はトイレに駆け込み、本音レコーダーに「おろちわん好きなんですか?」と急いで録音して席に戻った。そして安達さんの横顔をじっと見つめる。

おかしい。録音したはずの「おろちわん好きなんですか?」が出てこない。ポケットからこっそり本音レコーダーを取り出してみると、録音されると点灯するはずのランプがついていない。RECボタンを押し損ねたのだろうか。私はまたトイレに戻り、もう一度、今度はしっかりボタンを押して声を吹き込んだ。しかし、やはりランプが点灯しない。まさか、故障?

私は焦りながら、「鼻毛出てますよ」と録音してみた。今度はランプが光った。急いでオフィスに戻り、課長のところに行く。ポケットが震えて、心臓の音が強くなる。

「鼻毛出てますよ。」

よかった、ちゃんと言えた。どうやら壊れたわけではないらしい。「ほんと? ほんと?」と手で鼻を隠しながらオロオロしている課長を尻目に、私は席に戻って本音レコーダーの説明書を確認した。その中に、気になる一文があった。

 
「※本製品は、本音しか録音できません。」

 
本音しか録音できない。

つまり、私がさっき録音しようとしたことは、本音ではないということだろうか。私が安達さんに本当に伝えたいことは、「おろちわん好きなんですか?」ではないということなのか。

本音、つまり、素直な気持ち。これまで仕事以外で話したことのない安達さん。媚びることなく、黙々と業務をこなし、周りに流されず、間違っていることは間違っているとはっきり言える、かっこいい人。

そうか、私は安達さんに憧れていたのだ。おろちわんとか関係なく、安達さんその人自身に興味があったのだ。

RECボタンを押して言葉をふき込むと、今度はランプがちゃんと光った。
席に戻って安達さんの方を向く。ポケットが震えて、心臓が波打つ。

「安達さん、あの、私と友達になってください。」

安達さんは一瞬目を丸くしたが、そのあとちょっと笑いながら、「はい、いいですよ」と言った。

 
 
「お知らせ見た? おろちわんのポップアップストア開催だって!」

出勤すると、安達さんが興奮しながらスマホの画面を見せてきた。

「見た見た! 絶対行こう、一緒に!」

笑顔で応える私のバッグには、おろちわん限定もふにょろキーホルダーがぶら下がっている。「二個買えたから譲るよ!」と、安達さんが定価で一個売ってくれたのだ。安達さんはあの日、有給を取って朝からヴィレヴァンに並んだらしい。「課長に嫌な顔されなかった?」と聞いたら、「え? なんで? 有給は労働者の権利だよ」とあっけらかんとしていた。

ポップアップストアの初日は、私も有給を取ろうと決めた。本音レコーダーを使ってもいいけど、安達さんがいてくれるなら、今度は自力で言えるような気がする。

 

 
 
<完>
 
 

執筆者:ナガセローム(長瀬) Twitter note

=====
編集後記:
言いたいことも言えない、そんな時ってあります。
でも、すぐそばに心を強く持てる力をくれる人がいたら、本音も勇気を出して言えるかも。

そうしたら、レコーダーには言えない本音よりも、楽しい気持ちが録音されていきそうです。

 
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