僕は仕事道具を詰め込んだ鞄を携えて、小さな喫茶店の前に到着した。木造で年季は入っているが、温かな雰囲気の店構え。窓にはメロンソーダとナポリタンの張り紙がある。
この喫茶店の店主が、今日の依頼主だ。さて、今回はどんな子に会えるだろう。僕は期待を胸に、太い木の取っ手を引いた。綺麗な音色のドアベルが響く。
「すみません、扇風機の修理に伺いました。」
「はーい!」
立派な木材で出来たカウンターの奥から、年配の女性が顔を出す。にこやかで、感じのいい人だ。まだ営業時間前らしく、客は誰もいない。
「わざわざ来てもらっちゃって、すみませんねえ。」
「いえ、ご依頼ありがとうございます。」
「扇風機ね、これなんだけど。」
その扇風機はカウンターの一番奥に置かれていた。見た瞬間、まさに胸キュン。メッシュカバーのメタル感、押すとガチャンといい音がしそうな大きめのボタンたち、そして何より、空を凝縮したみたいに鮮やかな、真っ青の羽。これぞ正しくレトロ家電。ああ、可愛い! なんて可愛い子なんだ!
「……とっても、いい扇風機ですね!」
大興奮の僕だったが、さすがにお客さんの前で取り乱すわけにはいかない。どうにか心を落ち着けて平静を装う。
そう。僕は家電の修理屋。中でも、レトロ家電専門の修理屋をやっている。古い家電の魅力に取り憑かれ、故障したレトロ家電を甦らせることに心を燃やす日々。
「すごく気に入っているの。思い入れもあって……。でも、ボタンを押しても動かなくなっちゃってね。これだけ古くても、直るものかしら?」
「早速、見てみますね。部品を変えるだけで直る場合もあるので、いろいろやってみます。」
「そうですか、よろしくお願いします。」
古い家電を使い続けるということは、それだけ愛着や思い入れがあるということだ。そんな風に長く愛されてきた子たちを、僕はこの手で救いたい、その一心でこの仕事をしている。この子も、長いこと愛されてきたに違いない。任せてくれ、僕がきっと直してみせる!
さっそく道具箱からドライバーを取り出し、僕は扇風機を解体しはじめた。
「レトロ家電専門なんて、珍しいですね。」
女性がカウンターの向こうから、僕の背中に話しかけてくる。僕は手を動かしながら答える。
「そうですね。とにかくレトロ家電が好きで、この仕事に辿り着きました。」
「昔の家電ってデザインが可愛いよねえ。」
「そうなんです。最新の家電にはないデザインで。色使いも、フォルムも、そりゃもう全部が可愛くて……!」
おっと、油断するとつい熱く語りそうになってしまう。一息ついてなんとか留める。危ない、危ない。
「そんなにお好きなら、修理のお仕事は天職ね。」
「はい、楽しいですよ。古い家電をずっと使っている人って、その家電に愛着があるわけで、思いが深い分、修理し甲斐がありますよ。それに、その人と家電の歴史というか、思い出話を聞くのも楽しみの一つだったりします。」
「あら、じゃあ私とその扇風機のお話も聞いてもらおうかしら。」
「いいんですか。是非、聞かせてください。」
僕は扇風機を修理しながら、女性の話に耳を傾けた。
この店、エアコンがないの。夏になると、喫茶店って冷房ガンガンにするとこが多いけど、冷たい飲み物を飲むには寒すぎるのよね。メロンソーダを飲むなら、この扇風機の風くらいがちょうどいいのよ。ずっと昔から、変わらずにそうなの。
まだ若かった頃、私はこの喫茶店のお客だった。お店はおじいさんが一人で切り盛りしていてね。その頃から人気メニューはメロンソーダとナポリタン。この扇風機もその頃からずっと置いてあってね。風に当たりながらメロンソーダを飲むのが、私、大好きだったの。
それでね、ある日いつものようにここでメロンソーダを飲んでいたら、扇風機の風で伝票が飛んじゃったの。慌てて拾おうとしたら、隣の席の男性が拾ってくれた。その瞬間、ビビビと来たのよ。まさに、運命の出会いってわけ。
その日から、私と彼はこの喫茶店で向かい合って座るようになった。くだらないことばかり、何時間もおしゃべりした。それでもね、全然飽きないの。私はもう彼に夢中でね。一緒にメロンソーダを飲んで、ナポリタンを食べる、それだけで、ただそれだけで幸せだった。
後編はこちら↓
メロンソーダに合う風 思い出の続き
https://www.rentalism.jp/note/839/
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