その日から、私と彼はこの喫茶店で向かい合って座るようになった。くだらないことばかり、何時間もおしゃべりした。それでもね、全然飽きないの。私はもう彼に夢中でね。一緒にメロンソーダを飲んで、ナポリタンを食べる、それだけで、ただそれだけで幸せだった。
前編はこちら↓
メロンソーダに合う風 蘇る思い出
https://www.rentalism.jp/note/835/
でもね、そんな日々は長くは続かなかった。彼とは会えなくなってしまったの。私は変わらずこの喫茶店に通って、彼を待ってた。そんなときにその扇風機が左右に首を振ったりしてるもんだから、ちょっと恨めしく思ったりしてね。だって、首を横に振られると、「もう彼には会えない」って言われてる気分になるんだもの。
で、そうこうしているうちに、店主のおじいさんが亡くなったの。あとを継ぐ人もいなくて、この喫茶店は閉店することになった。私、居ても立っても居られなくてね、お店を継がせてほしいって、親族の方に直訴したの。無謀だって、私の周りは大反対。料理もできないくせに、って。そう私、料理が苦手なのよ。でもね、どうしても残したかった。好きな人との思い出の喫茶店。それに、この扇風機もね、彼と出会わせてくれたキューピッドだから。まあそんなわけだから、ずっと大切にしてきたし、これからも大切にしたいと思ってるの。
「……って、どうして泣いてるの!?」
女性が慌ててティッシュ箱を持ってきてくれて、僕は溢れる涙とずるずるの鼻水をティッシュで拭った。
「いや、僕ほんとに、家電の思い出話に弱くて……すっごく、感動的な……いいお話でした……ありがとうございます……。あの、できました……。」
号泣はしてしまったが、ちゃんと手は動かしていた。壊れていた部品を交換し、もう一度元の形に組み立てた。
「直ったの?」
「一応、部品は変えたので、これで動くかどうか……。」
僕は扇風機のコンセントをさして、電源「入」をガチャンと押した。すると、青い羽が回り始めた。
「わあ! 動いた!」
女性が嬉しそうな顔をこちらに向ける。僕も嬉しくなる。
「ああ、やっぱりこの風じゃないとね。」
「思い出しますか。」
「思い出すわね。」
この風は、もう会えなくなってしまった人との思い出の風なのだ。もう一度、吹かせることができてよかった。本当によかった。やばい、また泣きそうだ。
「おいおい、なんか死んだみたいじゃないか?」
キッチンから声がして、白髪頭の恰幅のいい男性が出てきた。
「おお、直ったんだ! よかったなあ!」
「やっぱり、このお店にはこの扇風機がないとね。私たちのキューピットだもの。」
「えっと、こちらは……。」
僕は驚きながら、2人を交互に見る。
「こちら、夫です。」
「すみません、裏で仕込みをしていたもので。いやあ、本当にありがとうございます。」
さっきの話には続きがあったのだ。
女性が喫茶店をはじめてすぐに、例の「彼」がふらっとお店にやってきて、再会を果たしたらしい。そして、二人はすぐに結婚、一緒に喫茶店をやることになったのだとか。
「あ、そうそう。良かったらこれ食べていってください。」
運ばれてきたのは、お店の看板メニューであるナポリタンだ。具沢山でおいしそう。
「料理は僕の担当なんですよ。妻は料理がからきしダメなんでね。」
「失礼ねえ、って本当のことなんだけど。でもメロンソーダを作るのはうまいのよ。これも飲んでいってね。」
鮮やかな緑色が目に飛び込んできた。バニラアイスと真っ赤なチェリーがのった、レトロで可愛いメロンソーダだ。
「おいしいです。ナポリタンも、メロンソーダも!」
カウンターの上で、真っ青の鮮やかな羽が回る。確かに、メロンソーダを飲むのにちょうどいい風だ。
<完>
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編集後記:
人でも物でも、長く一緒に過ごせば過ごすほど、思い出もたくさん。
ずっと一緒に過ごせるように、まだまだ一緒に思い出を作れるように、大切に大切にしたくなるお話でした。
うちにも可愛い子(扇風機)、います^^
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