「ほら、こうしてココも元気だしね。」
頭を撫でてやると、ココは嬉しそうに尻尾を振り回した。一度は危篤状態となったココだが、その後、奇跡的に回復。獣医も驚いていた。歳はとったが今もこのように元気である。これもあの日、父が生垣を刈ったおかげなのだろうか。
前編はこちら↓
幸運を呼ぶ儀式 生垣を刈るお父さん
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荷造りを中断し、私は庭に向かった。父はまだ生垣を刈っている。痩せ型で猫背のいつもの後ろ姿。とても一億円を当てたとは思えない貧相な背中である。
「お父さん!」
ヘッジトリマーの音に負けないよう腹から声を出したら、思いの外大きな声が出た。
「うわ、びっくりした。」
「ねえ、私もそれやってみたい。」
「なんだよ急に。危ないよ、こんな大事な日に怪我したらどうする。」
「大丈夫。貸して!」
私が強く言うと、父はしぶしぶ了承し、「じゃあ、ここと、ここを持って」と教えてくれた。ヘッジトリマーを受け取り、言われた通りハンドルを握る。
「ここを握ると動くから、気をつけて。」
「うん。」
バリバリバリバリバリ。
歯を生垣に当ててスイッチを握ると、大きな音とともに全身に振動が伝わり、目の前で葉がちりちりと舞った。
「わああ、振動すごっ。」
バリバリバリバリバリ。
「結構大変だね、これ。」
「結構大変なんだよ。」
久しぶりに父と二人で話した気がする。口数の少ない父との会話には少し苦手意識を持っていたのだが、今はヘッジトリマーの音が会話の隙間を埋めてくれて、なんだか心地いい。
バリバリバリバリバリ。
「ほんとに、気をつけて。怪我するなよ。」
「わかったわかった。お父さんも気をつけてよ。怪我とか病気とか。来月の結婚式、無事に来てよね。」
「わかってるよ。」
バリバリバリバリバリ。
「あ、ちょっとガタガタになっちゃったゴメン。」
「いいよ、どうせまた伸びるんだから。」
「そっか、あはは。」
「おーい、引っ越し蕎麦食べよう。」
母がベランダから叫んでいる。
「えっ、引っ越し蕎麦って引っ越してから食べるんじゃないの? 時間ないよ、まだ荷造り終わってない!」
「なんとかなるって。ほら、お父さんも!」
3人で蕎麦を食べていると、業者から電話が来た。前の現場が押して2時間ほど遅れるという。おかげで荷造りはどうにか間に合った。ヤフオクに出品したフィギュアは18,000円で売れた。
翌月、結婚式の日。ずっと雨予報だったにもかかわらず、早朝に雨は上がった。文句なしの快晴。今日も父は生垣を刈ったのだろう。そう確信しながら、私は両親への手紙を読んだ。
「お父さん、お母さん。私はずっと、自分の力だけでここまで生きてきたような気持ちでいました。でも、違いました。お母さんの愛情と、お父さんの祈りが、私をここまで来させてくれたのだと、最近やっと気づきました。本当にありがとう。二人の子どもに生まれたことが、私にとって何よりの幸運です。」
手紙を渡すと、父の目には涙が浮かんでいた。
「結婚おめでとう。」
「ありがとう、お父さん。」
思わず父に抱きついた。白髪混じりの髪に、何かくっついている。よく見ると、それは小さな葉っぱの欠片で、私は思わず吹き出した。
<完>
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編集後記:
いつも何気なくしていること。
それが意外な意味を持つこともあるのかもしれません。
幸せを運ぶお父さん。刈ってくれた生垣を飛び越えて、運がやってくるのかなあ。
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