私は、この美術館に勤めて30年になる学芸員だ。その間、数々の名作を守り、数えきれないほどの来館者を迎えてきた。しかし、最も献身的な来館者は、実は人間ではない。それは、展示室の隅に静かに佇む空気清浄機なのだ。
昨日のことだ。修復師の山田さんが、江戸時代の掛け軸の状態を確認しにきた。「驚きましたよ」と彼女は言った。「この作品、10年前に修復した時と比べて、劣化がほとんど進んでいない。むしろ、状態が安定しているくらいです」
そうなのだ。我々の「静かな守護者」は、24時間365日、たゆまぬ努力を続けている。目に見えない敵―浮遊するホコリ、カビの胞子、有害な微粒子―との戦いを。人々が寝静まった深夜も、真夏の混雑した展示室でも、黙々と空気を浄化し続けている。
先週、ある出来事があった。花粉症を患う小学生の団体が見学に訪れたのだ。引率の先生は心配そうだった。しかし、館内に入ってしばらくすると、子供たちの表情が明るくなっていった。「先生、ここだとくしゃみが出ないよ!」という声が聞こえた。
その声を聞いて、私は微笑まずにはいられなかった。我々の「最良の来館者」が、また一つ、大切な仕事をやり遂げたのだから。
昨今のパンデミックで、美術館運営は大きな転換期を迎えた。しかし、我々の施設は、いち早く感染対策を整えることができた。それも、既に配備していた空気清浄システムのおかげだ。専門家からも高い評価を受け、「文化財と人々の健康を同時に守る模範的な施設」との声をいただいた。
ある日の夕暮れ時、最後の来館者が帰った後の展示室で、私は空気清浄機の前に立ち止まった。その静かな作動音は、まるで古い掛け軸に語りかけているかのようだった。「あなたを守り続けますよ」と。
展示品たちは、人々に感動を与えるために存在している。そして空気清浄機は、その使命を全うするための最も忠実な協力者なのだ。見栄えのする展示ケースや照明とは違い、空気清浄機は決して主役にはならない。しかし、その存在なくして、現代の美術館運営は成り立たない。
私は今日も、この「最良の来館者」に感謝しながら、展示室の明かりを消す。また明日も、作品たちと来館者のために、静かな戦いが続くのだ。