りっちゃんが出ていき、そして僕は途方に暮れた。でも・・・
前編はこちら↓
真夏の神、僕に風が吹く
https://www.rentalism.jp/note/303/
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りっちゃんが突然帰ってきたのは、それからまた半年ほど経ったころだった。
玄関を開けたら、満面の笑みでりっちゃんが立っていた。びっくりした。テレビでは今年一番の猛暑日だと言っていた。
心配したよとか、酷いじゃないかとか、なんでとかどうしてとか、言いたいことは山ほどあったが、あまりに驚いてうまく言葉が出なかった。
りっちゃんはずいずい部屋に入ってきて、
「私ね、旅に出てたんだ。」
と言った。
「なんで?」
僕もやっと声が出た。
「旅に出てたんだ、って一度でいいから言ってみたかったんだよね。」
どうやら僕の予想はあながち間違っていなかったらしい。
「ごめんね、さすがにもっと早く帰るつもりだったんだけど、いろいろあってさ。」
リュックサックを床に置きながら、りっちゃんは言う。
「オランダでミラって子に会ってね。その子も旅行で来てたんだけど、荷物を全部失くしちゃったの。もう大変。で、いろいろ助けてあげたら、お礼したいから実家に来ないかって誘われたんだ。実家、ハワイでね。あまりにも居心地よくて一年近く居ちゃった。」
「え、じゃあ、ほとんどハワイにいたってこと? それ旅に出てたっていうよりバカンスじゃん。」
てっきりインドとかかと思った。
「でも人生観変わったよ。」
「あんまりハワイで人生観変わる人いないよ。」
すかさず言うと、りっちゃんは僕の顔をじっと見てニヤッとした。
「ああーなんか懐かしい!ツッコミが心地いいわ。帰ってきたって感じする。あのね、ミラのパパとママがすごく素敵な夫婦だったんだ。ミラも本当に良い子で、本当に良い家族だった。だから私も好き勝手なことばっかりやってないで、帰る場所を大切にしようって思ったんだ。」
どうやら人生観が変わったのはマジだったらしい。
確かに、りっちゃんは一年前よりも地に足が付いた雰囲気があった。表情はもちろん、ラフにまとめたポニーテールの毛先一本一本すら強く逞しく見えた。旅は人を成長させるというが、バカンスでも成長できるものなのだろうか。
「もう帰ってこないと思って、置いて行ったもの全部捨てちゃったよ。」
「いいのいいの。私のものなんてほとんどなかったでしょ。」
「いや、結構あったけど……。」
「あれは? 神は?」
「神は押し入れ。」
「うっそ、なんで出してないの。こんな暑いのに。」
りっちゃんは押し入れを開けて、中から神を引っ張り出した。
そして、ジーンズの後ろポケットから小銭入れを取り出し、その中に入っていた何かを僕の方に「これ!」と掲げた。
それは、一本のネジだった。
すぐにわかった。半年前にどうしても見つからなかった、あのネジだ。そうか、りっちゃんが持って行ってたのか。
「このネジ、旅のお守りにしてたんだ。おかげで無事に戻って来れました。ありがとうございました。さすが神。」
りっちゃんは神の前にいそいそと正座して、二礼二拍手一礼一ヤーを繰り出したあと、「そうだ、見て見て!」と、リュックからデジカメを取り出し画面を僕に見せた。
「扇風機の聖地に行ったんだよ。」
写っていたのは、川辺に沿ってたくさんの風車が並ぶ美しい風景だった。
「すごいでしょ。オランダの世界遺産でね、めちゃくちゃいいところ!今度一緒に行こうよ。ねえ、聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる。」
僕は立ち上がり、りっちゃんに背を向けて戸棚の引き出しを開けた。確かここにドライバーが入っていたはずだ。うん、あったあった。僕はしばらくドライバーを探すふりをして、涙が引っ込むのを待ってから、りっちゃんのもとに戻った。
「そうだね、世界遺産めぐりとか、してみたいかも。」
ネジを締め、コンセントを挿し、電源を入れる。羽は再び回り出す。
僕の部屋に、風が戻った。
<完>
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編集後記:
帰って来たので一安心。でもたぶん、また居なくなりそうな気がしますね。
「一度バラけたら、戻らないものもある」この言葉がグサッと心にぶっ刺さったあなたは大人です。そう、それは大人のたしなみ。後悔とも言います。
「あれ、今ネジが床に落ちたよ」
「ホント?どこ?」
「おかしいな」
「あんな小さいネジなのに」
「どこだろうな」
「ないね」
「あっ!?」
「どうしたの?」
「手のひらに貼り付いてたよ」
「よかったー」
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