10連敗だ。
俺は持っていたスマホを思わず床に叩きつけ、ることはできず、深いため息とともにベッドの上にポンと投げた。分割払いがまだ二年以上残っているのに、そんな乱暴な真似はできない。
ベッドにごろんと寝転がり、仰向けでスマホに文字を打ち込む。
「残念ですが、了解しました。お互い良いご縁が見つかるといいですね。」
迷うことなく文章を打ち込み、送信ボタンを押す。同じ文面をここ半年で6回も打っているので、もう慣れたものである。
マッチングアプリが流行っていると聞いて、思い切って登録してみたのが半年前のこと。学生時代には恋人がいたこともあったが、卒業後に就職したのは建築資材を扱う小さな会社で、社員はほとんど男性。これと言った趣味もなく、女性との出会いは皆無。恋人などできる気配のない日々が長く長く続いていた。
マッチングアプリをはじめた当初、俺の胸は希望に満ちていた。写真を載せ、プロフィールを書き、気になった相手数人に申し込みをしてみると、こんな俺でもちゃんとマッチングすることができた。アプリ内のメッセージでやりとりをして、トントン拍子で直接会うことになった。当日、お互い緊張したのか、会話が弾んだとは言い難い雰囲気ではあったが、俺はもう一度会ってみようと思った。しかし、帰り道にメッセージが来て、「ちょっと違うなと思ってしまいました。ごめんなさい」と言われた。
そこから俺の敗北は続いた。どうにか食事にこぎつけても、会うと断られてしまう。「ごめんなさい」というメッセージが6回届き、あとの4回は無言で音信不通だ。
俺の何が問題なのだろう。考えた結果、何もないことが問題なのかも、という結論に達した。特別に尊敬されるような職業に就いているわけでもなく、夢中になっている趣味があるわけでもなく、何かのジャンルにすごく詳しいわけでもなく、イケメンでもなくブサイクでもなく、太っても痩せてもいなくて、自慢できるほど筋肉もない。心も体も中肉中背。俺はあまりに普通すぎるのだ。
そんな中、アプリで11人目のマッチングに成功した。その人は「夕夏」という名前で、プロフィールには東南アジアっぽい国で友達と肩を組んでいる写真や、キャンプで肉にかぶりついている写真などがあって、活発な感じのする人だった。無趣味でインドアな俺とは話が合わないのではとも思ったが、その笑顔があまりに輝いて見えたので、思わず申請ボタンを押したところ、意外にも承諾された。
メッセージをやりとりしてみると、会話のテンポが合うし、ユニークな言い回しがとても面白く、夜中までやりとりしていても飽きないくらいだった。最近俺がよく見ているパグのSNSアカウントの話をしたら、たまたま夕夏ちゃんも同じものを見ていて、その人が動画につけているパグに対するコメントがちょっとズレているのが面白いという話で大盛り上がりした。
この人かもしれない。
まだ会ってもいないのにおかしいのだが、確かにそう思った。今まで会った人たちとは、明らかに違う感じがあった。
タイミングを見計らうこと2週間。ついに会う約束をした。絶対に失敗したくないと思った。
どうしたら自分は変われるのだろう。俺は夜通し悩んだ。「モテる男になる方法」などとバカみたいな文言を検索してみたりもした。以前の俺なら絶対にこんなことは検索しなかっただろう。それだけ切羽詰まっていたのだ。清潔感、聞き上手、道路側を歩く、筋トレなど次から次へとモテる男の条件が出てきて、ああでもないこうでもないといろいろ見ているうちにドツボにハマった俺は、朝方、なぜか高級腕時計をレンタルしていた。「女性は思った以上に男性の腕時計を見ているんですよ！」という、謎のモテ伝道師YouTuberの言葉を朝方のぼんやりした脳が鵜呑みにした結果である。
俺はまったく腕時計に興味がない。今つけている腕時計は学生時代に付き合っていた彼女からプレゼントしてもらったものである。そのうち新しいものを買おう買おうと思ってはいたものの、本当に時計に興味がないのと、使い慣れているという心地の良さもあって、つい長年そのまま使ってしまっていた。
数日後、ネットで注文していたレンタル高級腕時計が自宅に届いた。時計に疎い俺でも知っている高級ブランドだ。勢いで注文したあと、女性に好かれたくて高級腕時計、というあまりにも安直な手段に出てしまった自分を恥じていたのだが、実際にこうして届いてみると、その高級感に圧倒された。つけてみると、俺のゴツゴツした芋臭い手が一瞬でラグジュアリーになるのだから驚きだ。なんだか自信が湧き上がってきた。これは侮れない。
後編はこちら↓
視線の先にあるもの
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レンタルのロームはこちら
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